Dream Database
夢を諦めず忘れず、そしてその夢を追いかけ追い求め続けてゆく!
池田 たかひろ
夢の理由
私は20年程前に交通事故で『脊椎損傷』により両下肢麻痺になりました。
病院のベットで目が覚め、第一に思ったのが『あ~~助かったんだな~、良かった~~』
そして手で足を触ったときに・・・⁉あれ、何かいつもと感覚が違うぞ。
手の指先には確かに足の感触は有るのに、足自体には触られてるって感覚が何も無い‼
もしかしてまだ麻酔が効いてるのかな⁉
後でDrから説明され、『何で助かったんだょ‼どうせならいっそのことあの時ひと思いに・・・』
さっきまで助かって良かったッて喜び感謝していた男が・・・
それから暫く過ぎ『事故に遭うまでの30年間と、これからの生活を考えたら絶対これからの生活の方が長いやん。』
『車イス……これが私の個性であり、私のスタイル!!』
そして今迄励まし、支えてくれた方々のお陰で元気な私が居る。そう思えるようになり、『恩返し』って言えば言葉があれですが、今度は私が何かお役に立たせて頂けることがあれば、と始めたのが活動を始めたきっかけといえばきっかけです。
今の私には両足存在していますが、痛みや感覚はいっさいありません。
それでも足自体に、不便な思いさせてゴメンね。
ッて気持ちと、私の身体でいてくれて有難うッていつも感謝しています。
4年前から車椅子マラソンを始め平成15年高知~室戸貫歩完走(約90km)、平成16年ホノルルマラソン完走、沖縄マラソン完走、大阪マラソン完走、高知~室戸貫歩完走(約90km)、平成17年24時間TV高知募金マラソン、大阪マラソン完走、高知~室戸貫歩完走(約90km)...etc
そんななかで県内外を問わずにボランティア活動をさせて頂いています。
以前にオリンピアンやパラリンピアンの方たちとの集い、イベントマラソンに参加させて頂きました。
大阪市長の挨拶の中には『街をバリアフリーにしていっても、街に住む人の心も同じくバリアフリーにしていかないと意味がない。
長田区のスタジアムは日本で初の障がい者スポーツセンターを作ったとこだから、今回は是非とも障がい者・健常者の壁を取っ払ったスポーツをやりたかった。』
それを聞いた途端ズシーンッて響くものと同時に熱いものが・・・・・・
走ってる最中にも沿道から『ガンバりや~~』
選手同士でも『こんにちは~~』『fight~~』
と声を掛け合い、励まし励まされ合いながら、またその声に後押しされたお陰で私も無事に完走することが出来ました。
競い合い走る『競争』も良いけど、共に走る『共走』も大事なのでは・・・・・・
そしてパラリンピアンの方から聞かさせて頂いた話の中に『私達の練習出来る相手や、公共の施設が中々有りません。それは、私達が使うと、補装具により施設や器具が傷みやすい、それと怪我をされては困る。』
色々な問題点が有りますが、それぞれひとりひとりが、しっかりと問題意識をかみしめて、人と出逢う喜び、ふれあう楽しさを皆さんと共に少しでも感じていければと思っています。
そして今回、聖火リレーやパラリンピック・プラカードベアラーに選出、パラリンピック開会式に参加させて頂きました。
本当に『やったらやれる。』『遣れないのと遣らないのは違う。』『たとえ遣れなくても遣ろうとする気持ちは持ち続けて欲しい。』
そしてプラカードベアラーとして、パラリンピアンの方々を先導させて頂きました舞台にいつか私が立てるように、そしてその夢をまた次の方に託し繋げていければと思っております。
『やったらやれる!遣れないのと遣らないのは違う』『たとえ遣れなくても、遣ろうとするチャレンジ精神を忘れない』『勇気・元気・ヤル気』の3本の木(気)を心の中で植え付け、育て上げていけたらと常々思っています。
私の夢は『夢を諦めず忘れず、そしてその夢を追い掛け、追い求め続けていく』それが今の私の夢であり目標でもあります……